友人

2009年5月 2日 (土)

友人からの番組案内

映像制作をしている友人から番組案内が届きました。

BSが見れる方は5日に、NHK1チャンネルは14日に放送とのことです。

以下友人のメール

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ご無沙汰しています。

本放送 NHK BS1 55日 午後1010分より11

「さすらう18歳 ~中国・黄土高原にいきる」

中国の延安で6年前に取材した中学校に進学できなかった少女。

その少女のいまを撮影したドキュメンタリーです。

今回はBS以外にNHK総合で再放送されますのでBSが見れない方でも

ご覧いただけます。

再放送は NHK 総合 514日 深夜2からです。

かなりおもしろく仕上がっていますのでよろしくお願いします。

ーーーーーーーーーー

BSが見れないまぁじぃは、14日の放送を録画して見ようと思っています。

ところで、14日の深夜って、明け方の2時のこと?

確認しました。NHK総合は14日02:00からです。

見てください。

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2009年4月28日 (火)

さいわい寄席にご招待

Iさんが誘ってくれて26日、さいわい寄席というのに行ってきた。
Pict0006

落語は好き。
毎年春秋の2回幸文化センターで行われていて、昨秋も誘われたのだが、用事が重なっていけなかった。

主催は幸落語研究会。後援、川崎市と市の教育委員会、町内会、各新聞社と結構大々的だ。
清流亭いしあたまさんを中心とした素人衆がやっていて、今回が31回、約15年のロングランということになるわけでたいしたものだ。
皆さん大変上手で、なかなか笑える。肝心のいしあたまさんが声が出せないということで演目をやらなかったのが残念だった。こい(え)患いなんだって。
特に最後のプロ、柳家小権太さんと柳家権太楼さんの話は面白かった。プロの噺家だから当り前か。
途中で議員さんがお祝いの言葉などを述べていたのが、選挙も近いということでちょっと興醒めだったかな。

帰りには一杯行こうとなって、近くにお住まいのN君が上州屋という魚専門の飲み屋に案内してくれた。
うまい魚をつまみに、結構遅くまで話し込んでしまった。
声をかけてくれた Iさん、ありがとうございました。
また呼んでください。


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2009年4月 3日 (金)

Oさんが入選した日春展

3月17日の「いよいよ春かな」に書いた、友人が入選した日春展が今銀座松屋で行われていて、久しぶりに公募展を見に行ってきました。入選したOさんとは昨年北海道の山を一緒に歩いて、その後メールのやり取りの中で、すっかり仲良くなり(まぁじぃは仲良しと思ってます)昨日懇親会のためわざわざ姫路からくるというので、お会いかたがた展覧会を見てきました。
なんと会場にはOさんと一緒に、昨年夏、北海道でガイドを務めてくれたKさんが現れ、これは懐かしく、うれしかった。
実は今回Oさんが書いた絵の題材は北海道のタウシュベツ橋。Kさんの案内で、太陽の光の良い早朝、見に行った橋です。
Pict0301
旧狩勝線の橋梁で、今は遺跡のように半分崩れかけながら残っています。
季節によって水の量が変わるにつれて、水面に映る橋の形が変わり、また天気によっても見え方が変わります。
大自然の景色の中に、不思議な雰囲気で溶け込んでいました。
その時からOさんはこの橋を題材に絵をかく構想を持っていたのでしょう。
僕は朝の一時、Kさんが入れてくれたコーヒーを飲みながらしばらく見とれていました。
今回、KさんとはOさんが日春展に入選したおかげで、再会できたというわけです。

Oさんの絵を写真で紹介しようと思いますが、会場内はもちろん写真禁止なので、パンフレットに印刷されたものをデジカメで撮ったものをアップします。
Pict0001
僕のデジカメも性能が良くないし、パンフレットの小さい写真を撮ったものなので、実物の半分の色も感じも出ないので、Oさんには申し訳ないようですが、許してください。
上の写真の橋が、絵になるとこんな雰囲気になっていました。

廃墟のような崩れなくなっていくもの橋と切り株、そこに未来を告げるように舞うカモメ。

すべてが幻影のような。

全体を覆う淡い、ブルーグレーの色が素敵でした。


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2009年4月 2日 (木)

4月、馬鹿な奴

昨日、親友からメールが届いた。

「皆さん、実は○○家は南米ペルーに移住することになりました。高齢の父を考え逡巡していましたが、諸般の要素を総合的に考え、今年の9月に渡り住む段取りです。一昨日のハイキングの場で話そうかとも考えたのですが、なかなか切り出せませんでした。あのハイキングが皆さん全員と席を同じにして会する最後だったのかもしれません。詳細は後日にさせてください。」

一瞬、エッ、ほんとかよ!!と思った。
彼は若い時仕事でペルーに長くいたことがあり、ひょっとしたらいかにもありそうな気がしないでもない。
昨日のハイキングでは、リーダーをしていたN君が、地元北海道で仕事することになり、今まで通り気軽に会うチャンスがなくなるだろうということで、N君の送別会も兼ねていた。はずだよね。アレ、送別会的なコメントした人居た?。激励の言葉とか、N君の別れのあいさつとかあった。皆、勝手なこと言って飲んでなかった?。これうまい、もっとお酒とか言って。今頃気がついたよ。N君ごめん。
ということがあったばかりなので、エッ、今度はS君かよ、と思ったわけです。これで仲間二人が、それも今までごく親しくしていた二人が、遠く離れて、まして南米ぺールーなんて、いったいどこにあるんだというほど遠いわけだから、一瞬目が点になていましたよ。特に、高齢の父君を連れて行くこととみんなに切り出せなかったという部分に真実味があって、ほんとに騙されかかりました。

そこでもう一度文を読み直して考えてみた。高齢の父君は、たしか90歳を超えておられる。いや待てよ。そんな高齢の父親を連れての移住、それも南米ペルーなんて、たぶんこれはむずかしいのではないか。ウーン無理だと思う。
などと考えていて、やっと気がつきましたよ。
そうか。今日は4月1日だ。エイプリルフール。四月馬鹿。

まぁじぃはすっかり今日が4月馬鹿ということを失念しておりまして、根が正直者なので、一瞬信じてしまったのです。
そういえば、昔ほど4月馬鹿とかエイプリルフールと言わなくなりましたよね。
皆さんの周りにも言う人居ないでしょ。
いまどき。
ところがこの馬鹿な友人は言うんだな。そもそも古い。年より。

気がついたところで、こちらもなんか嘘をつこうかと考えたのだが、なーんも思い付かないの。
正直ものだから。
そのうちなんか、無性に腹が立って来て、メールを送り返しました。
馬鹿なこと言うんじゃないって。

ほんと馬鹿なんだから。

バカヤロー。

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2009年2月 2日 (月)

10何年かぶりのジョギング

U君に誘われてなんと10何年ぶりぐらいでランニングの練習などをしてしまった。

U君は、現在もトライアスロンやマラソンにチャレンジするアスリートで、彼の話を聞いていると、いろいろ刺激を受けて僕もなんかしなければと思うし、いつも感心ばかりしているのだが、先日今度一緒に走ろうといわれ、昨日誘いのメールをもらい、はじめて一緒に走った。

多摩川土手の橋から橋まで片道約3キロ。

行きは川下へ向かうので、強い北風が後ろから吹いて体を押してくれる。彼は僕のペースに合わせて走ってくれて、「このペースで1キロ6分ぐらいかな」などと言っている。
大会ではだいたいこの1キロ6分ペースを守って走るらしい。10キロマラソンでも、フルマラソンでもこのペースだというから、なんとか2キロぐらいならこのペースで走れて、あとは歩きなどになってしまう僕から考えると、6分で10キロも40キロも継続できることはすごいことだと思う。

案の定、2キロぐらいを過ぎると、徐々に苦しくなり、内心歩きたいのだが、とりあえず風が体を押してくれるのと、彼が横を走っているので我慢を続けなんとか橋の下までたどりついた。

しばらく休憩して、今度は来た道を戻る。風はアゲインストで、かなり強い。走り出したとたんに、風に体を押し戻されるようで足が重い。当然スピードなど出るわけもない。頭を下げて風の抵抗を少なくしようと、まぁ、考えれば無駄な抵抗と言うやつをやってみたけれど、頭を下げたぐらいでは体にあたる風の抵抗が減るわけでもなく、やっぱり無駄な抵抗であった。彼は来た時と同じように、姿勢を立て、平然とステップを刻んでいる。結局すぐに僕が遅れ出して、それを見た彼がスピードを落として合わせてくれる。

彼は土手の上の桜を見て、「あの中に緑の花を咲かせる桜があるよ」と言いながらランニングを止め土手の上に登った。探すと確かに花の色が黄緑と書いた看板をつけた桜があった。優しい彼が僕の様子を見て、ちょっと休憩の時間をくれたようだ。

そのあとは、さすがに、僕と一緒では練習にならないと思った彼は、橋の下まで先に行くよと言って、走っていった。「いやー良かった。これであるける」と思った僕は、彼の後姿をカメラに撮ろうとカメラを出して構える。

Pict0001

シャッターを押す時にはもうかなり先へ行ってしまった。向かい風なのに早い。

彼は橋で待ってるというので、結局歩くわけにもいかず、せっかくの練習なのだからと思い直し、ゆっくりではあるけれど、何とかジョッグをして橋まで戻った。ハーハー云いながら。

彼は拍手で迎えてくれて、迎えられる僕はドダドダ、ゼーゼーみたいになっていたけどそれなりの達成感を感じることができた。

久方ぶりの達成感。

そして、今日は太ももが筋肉痛。

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2008年12月23日 (火)

石内都さんの写真展

友人が石内都さんの写真展を紹介してくれて見に行ってきた。

来年1月11日まで目黒美術館で開催されている「石内都展、ひろしま/ヨコスカ」

http://www.mmat.jp/

Pict0003

それまで石内都さんも知らなかったのだが、ひろしま/ヨコスカの題名に興味を持って出かけていった。

彼女が育った横須賀の町と建物、古いアパート、母の遺品、傷のあるからだ、着る人のいなくなった洋服。

どれも不思議な構図の切り取りで、ひきつけられてしまうのだが、見た後で心に重たい何かが残ってしまうような写真。僕などは見て見ない振りをしてしまいそうなテーマに、カメラを向け、きっちりピントを合わせられる石内都さんとはどんな人なのだろう。

心が強くなければできない作業だろうな、などと思いながら帰ってきた。

紹介してくれた彼は、彼女と仕事をしたことがあるらしいので、今度あったら彼女のことを聞いてみようと思っている。

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2008年12月21日 (日)

友人のジャズライブ

昨夜友人のジャズライヴが品川で行われた。

クリスマス・ライブ・イン・アドバンテージ 2008 

by オレンジ・ジャズ・クラブ

サックス、ピアノ、ベース、ドラム、ギターのクインテットで彼はサックス奏者

バーでのライブということもあって、お酒を飲みながらゆったり聞いてきた。

ビデオを撮らせてもらったのだが、光量が足りなくちょっと映りが悪い。

写真も写りが悪いのだが、とりあえず。

Pict0002

サックスのブルースはちょっと酔った心に、じんわり響いて、なんとも幸せな時間だった。

ジャズってほんと良いね。

映像はのちの機会にアップする予定。

待っててね。

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2008年11月15日 (土)

友人の墓参り

「11月14日、H君の墓参りに行くけど、行く?」と、1ヶ月前に誘われて、「うん、行く」となった。

待ち合わせは京浜急行の金沢八景駅。京浜急行は都心と三浦半島を東京湾沿いにつなぐ電車で、子供のころに逗子や葉山、三浦海岸などへ海水浴に行くために良く使った。しばらくぶりの車窓からの景色は、なんだかやたらにビルが増え、マンションが並び、海側はますます埋め立てて遠くなったようだし、山側は無理やり斜面に段々畑風に家が立っていたりして、ずいぶん様子が変わったようだ。あの家までどこに道があるのだろうなどと考えたりしながら感心して流れる景色を眺めていると電車は金沢八景駅に着いた。ホームに立つと、同じ電車にS君とN君が乗っていて、一緒に改札を出る。そこにはわれわれと同年代よりちょっとばかし先輩と思われる方たちが30人ほども集まって、どうもこれからウォーキングらしい。元気なウォーキンググループは歩いていると結構見かけるので、これも一種のブームかななどと思いながらバス停に行くと、その方たちも同じバスに乗るのだった。結構大勢乗せたバスは朝比奈で団体さんを降ろし、僕たちはその先の横浜霊園で降りた。この辺は三浦半島の丘陵地帯を開発して作った霊園で、お墓は山の斜面を登っていき、その先は急な崖のような斜面になっていて、その上は緑の森になっている。

S君が、生前彼が好きだったお酒を用意した。タバコも好きだったので買おうと思ったが、なんと今の自動販売機はタスポがないと買えず、これは断念した。霊園事務所で花を買い、彼のお墓に向かった。「確かこの辺だったよなー」などと探し、3列ぐらい探してh君の墓は見つかった。線香を手向け祈る。

T君が「線香が消えるまで居よう」と言い、おもむろにザックからボンベを出し、われわれにコーヒーを入れてくれた。

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コーヒーを飲みながら彼の思い出話などをする。彼とは、時々通学などで一緒になったことがあり、とてもまじめな印象を持っている。60歳は、いかにも若い。ついつい今元気でいれば、話ができるのに、などと思う。このお墓を作ったのが彼のお父さんだなどと聞くと、なんともやりきれない。

しばしの時間をすごした後、墓地の中を横切り、ハイキングコースへ出た。帰って地図を見ると「鎌倉天園ハイキングコース」とある。若い人達や、女性達が歩いていて、いわゆる鎌倉アルプスと言われるコースのようだ。

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端泉寺へ降りて、そこからは街中を歩き鎌倉宮を過ぎ、鎌倉八幡宮まで歩いた。
八幡宮は観光シーズンとあって、大勢の人達でにぎわっていた。七五三も居れば、結婚式も挙げていた。

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駅近くのトンカツ屋に入り、遅い昼食というか、一杯というか、飲むついでの早い夕食というか、とにかくビール、ビールとなって、そこからはいつもの同級生同士の楽しい語らいとなった。その中で、若くしてアメリカ駐在を経験したT君が、アメリカ生活でであった黒人女性の話をしてくれて、それがちょうどキング牧師が暗殺された後で、初めて人種差別を知ったこと、時代が過ぎて、初めて黒人の大統領が誕生したこととの自分の思いなどを話してくれた。平和を愛する彼らしい語り口にちょっと胸が熱くなったりした。

こんな一日はなんともうれしい。

そして今日は、N君と山へ向かう。

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2008年10月21日 (火)

榛東ミニ鉄道クラブとJCFCとの合同運転会

MさんがミニSLの運転をするというので、19日の日曜日、ビデオをもって連れて行ってもらった。

Pict0002_2

場所は群馬県榛東村にある、ふるさと公園。

この公園にはミニ鉄道が走れる線路が敷設されていて、

月に一度、「地元の榛東ミニ鉄道クラブと、JCFC(ジャパン・カプラ・フレンズ・クラブの略)との合同運転会が開催されている。

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公園にある汽車は9600型。

タンクに水を入れ、カマに焚きつけの薪を入れ火をつける。

火の勢いが強くなったところで石炭をくべ、水蒸気の圧力が高まったら走るという段取りは全く本物のようだ。

足まわりに油を差したりして、お客さんの来るのを待つ。

Pict0008 クラブの人たちはそれぞれ自分の作った汽車を持ち寄り運転する。

汽車の大きさは、本物の8と4分の1、約10分の1の大きさです。線路の幅は5インチ、127ミリ。

これで、大人10人ぐらい乗せて走ります。

もちろん車両は重いので、運ぶのも一苦労。

Pict0021 トラックで持ってくる人もいたり、中にはリフトをつけて運ぶ人もいる。

しかし、見ているとなかなかおもしろそうで、お金もかかるようだが、大人たちがはまるのも解るようなような気がする。

走っている場面は、後日動画でアップする予定。

忙しいので、ちょっと時間をください。

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2008年9月28日 (日)

昨夜は高校時代の同窓会

昨夜、2年ぶりに高校時代の同窓会があり、懐かしい友達に会いたくて参加した。

当時教壇に立たれた先生も何人かお見えになり、当時成績の悪かった僕は先生方とは距離をおき、離れたところで気の会う仲間とビールを飲む。
友人たちの話を聴くとまだ現役で仕事をしている人がかなり居て、これはちょっと驚きだった。仕事をしないと食っていけないと言う人もいれば、仕事がいかにも好きで、やめられないと言う風情の人もいて、いずれもその勤勉さにおいてはたいしたもんだと思う。親の介護と畑仕事をする人もいれば、退職はしたが福祉や地域のボランティア活動をしている人もいる。
この勤勉さが日本の繁栄を支えてきたのかななどとあらためて思ったりする。

ところで、僕はもう仕事をリタイヤしたいと思っている。
実は今年やけに訃報が多く、お亡くなりになった方の歳を聞くとと70歳、72歳あたりの方が多い。この歳ではまだ今話題の後期高齢者にも達せずお亡くなりになるわけで、自分はあと何年だろう、などと考えると、もう時間がないじゃないかとなり、気持ちがちょっと、ほんのちょっとではあるけれどあせるのだ。やりたいことがいっぱいあり、それはほとんど遊びなのだけれど、体力の有る今のうちでないとできないし、今やっておかないと老後も継続できないと思う。

二次会ではたまたま両脇に、高校時代サッカー部、大学時代山岳部のN君T君がいて、山の話などをする。二人とも山には強そうでうらやましい。僕とは基礎体力が違う。

そう、最近、体力はますます落ちているように感じるし、遊びも結構体力と精神力がいるのだ。
冒険家、植村直己さんの言葉に「人の生きる本当の価値は、お金や肩書きなどではなく、夢を追い求め一瞬一瞬を精一杯生きることにあります」と言うのがあって、2度目の引用になるほど僕の好きな言葉なのだけれど、僕もこんな歳になったからこそ、これから夢を求めたいなんて思っているのです。お金があるわけでもないし、肩書きもないからなおさらこの言葉に共鳴するし、そんなに精一杯生きているわけでもないから、そうなりたいと思うのだ。

三次会には17人が残った。知らない人もいるので自己紹介しようということになり、それぞれ発言する時間を持って、自己紹介がてら各人が自分の人生を語り、これはなかなか面白かった。つい、うなずきながら聴いてしまった。各人それぞれに苦労があって65年間を生きてきたのが理解でき、高校時代には知らなっかった人とも、一気に近親感がもてたように思う。各人がそれぞれ熱っぽく語ったため、閉店時間になるまで自己紹介で終わってしまった。

さあ、帰ろうと歩き始めたら、S君から電話。「どこにいるんだよ、待ったいるんだぜ」などと呼び戻され、彼の行きつけの居酒屋に今回幹事をやったY君と三人で寄り四次会。
そこでも懐かしい話をして、気がつくと日付けが変わって今日の1時になっていた。

歩きながら、空を見上げると、雲が白い。
都会の夜は光を反射して雲が白く見える。
ゆっくり息を吸う。
秋の匂いがする。

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2008年9月17日 (水)

「ただ歩く・・・」再放送は今日です

先日、友人Mさんから紹介のあったTV番組、「アジアンスマイル」ビデオにとっておいたのを昨日やっと見ました。

アジアの若者たちの情熱が伝わる番組で、久しぶりにいまどきのアジアの若者たちがしっかり物を考え行動しているのを知り、ちょっとうれしくなりました。

日本の若者たちは、国が成熟してしまって、その結果目標がもてないのではないかと言う話、後発の国の若者が冷静に分析しているのが興味深かった。

今日もうひとつの番組「ただ歩く、半身麻痺の体で挑む四国300キロ」は、NHKの教育テレビで今日13時20分から再放送です。

番組表では「福祉再」  Gコード:690475です。

勇気がもらえますよ。

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2008年9月16日 (火)

二人の友人Mさん

中学時代からの友人M君と久しぶりにお酒を飲んだ。
彼は飲んだあと、電車で沼津まで行き、そこから箱根を超えて小田原まで歩くといって出かけて行った。沼津から小田原まで約45キロ、徹夜で歩いて小田原駅から電車で帰るということを、月に2回ほどやっている。
M君はもともと若いころから歩いていた。学生時代は夏休みに東京日本橋から大阪まで、東海道を歩いたりしていた。大阪まで自転車で行ったこともあった。その後も折につけ続けていたから現在の歳になってもできるのだろう。
彼から翌日、「オーバーパス」と言うメールが入って、睡魔に襲われながらも、10時間26分でクリアーしたと書いてあった。

すごい!!

もう一人のMさんは、奥穂高に行ったMさん。一緒に行く予定だったが天気が安定しなかったので僕はキャンセルしたのだ。
その報告会をするので一緒に飲もうということになって、彼達とも久しぶりに会った。
Mさんと、Kさんは、二人ともやけに日に焼けていて、聞くとそのあとがあったんだよと意味ありげの様子。
穂高は、まずまずの天気で、雨に降られたのは最終日だけっだたらしい。その最終日は上高地の小梨平でキャンプの予定だったが、熊が出たのでキャンプができずロッジ泊だったという。上の徳沢は問題ないらしいので今後上高地に山行予定のある人は参考にしてください。
二人はそのあと、会社の新人をつれて、今度は南アルプスの白鳳三山を縦走をしたという。これが日に焼けていた原因らしい。僕は北岳には登ったが、その奥の間ノ岳、農鳥岳にはまだ行ったことがない。ぜひ一度行きたいと思っている。

しかしこちらのMさん達の行動力もすごい!!

僕も明日は、40キロ歩行にでも挑戦するか?

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2008年9月 5日 (金)

「ただ歩く・・・」再放送

友人から番組紹介のメールがきました。

友人のメールを下にコピーします。

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82BS1で放送した「アジアンスマイル 夏休みスペシャル 若者たちが語る新しい夢・祖国・未来」

が好評につきNHK総合で再放送されることになりました。

放送時間は 912日午前125分から午前38分 

遅い時間帯ではありますが録画でもして見ていただければ幸いです。

友人のNHKディレクターが作った「ただ歩く」もNHK教育9月17日の13時20分から再放送されます。

「人生に疲れている人がいたら見るように言って下さい。」友人談

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「アジアンスマイル・・・」は、僕の山で知り合った友人が編集した番組です。
偶然山小屋で一緒になり、ビデオを持っていたことから知り合いましたが、彼はビデオの撮影や編集のプロでした。彼からいろいろ教わって僕も編集が少しできるようになりました。なお、この番組の放送は、9月11日の深夜25時25分からです。録画する際気をつけて!。

その彼の友人がNHKのディレクターをされていて、以前、このブログに書いた「友人の友人が作った番組」に紹介した、「ただ、歩く、半身マヒの体で挑む四国300キロ」と言う番組です。こちらは9月17日午後1時20分です。

ジンワリ心に響いてくる良い番組です。ぜひ見てください。

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2008年8月30日 (土)

Fさんの突然の死

昨晩、取引先のFさんのお通夜に行ってきた。

先週の金曜日まで仕事に出ていて、そのときあったSさんとは孫の話などしていたのに、土曜日に脳梗塞で倒れて、帰らぬ人となった。82170歳になったばかりだ。

Fさんは取引先の電気工事の監理担当、僕は造作業者の担当として現場にいたので、知り合ってから30年近くたつ。僕より先輩であったが、会うと「S君元気?」などと気さくに声をかけてくれて、そのうち友達同士のような話を交わす間柄になった。仕事を楽しんでやる様子や、出世とは縁のなさそうな雰囲気が、僕は好きだった。定年になってからも仕事を続けていた。

出かけるころは晴れていた空も、西部池袋線の所沢を過ぎるころから雷と雨で外は暗くなった。式場につくころは土砂降り。

突然の死は、周りにとっても、家族にとても、深い悲しみを誘う。それは、心の準備がないからで、病に倒れ、入院の時間があったりすると、それが別れの準備の時間になる。
人はいつか死ぬ。「ぴんぴんころり」が良いなどと言う。Fさんはまさしく「ぴんぴんころり」であった。でも普通は、時間も、場所も選べない。結局生きている時間をどうすごすかと言うことに帰結するような気がするなどと仲間と話す。60も半ばを過ぎればもう何があってもおかしくないと言うことだ。

焼香を終えて帰るころには雨も上がった。

電車を乗り継ぎ、地元駅に着くと、今度はこっちが雷と雨。一人で酒を飲みたくなったので、雨宿りをかねて居酒屋に寄った。

新聞をめくっているとコラムに明日830日は、1970年、植村直己さんがマッキンリーの単独登頂に成功した日とあり、その植村さんが81年の講演で、「人の生きる本当の価値は、お金や肩書きなどではなく、夢を追い求め一瞬一瞬を精一杯生きることにあります」と話している、と書いてあった。その植村さんは、その後842月再び厳冬期のマッキンリーに挑戦、登頂後行方不明になる。懸命な捜索にもかかわらず、わずかな遺品しか見つからなかった。

ちょっと酔った頭で、植村さんの言葉を考える。「夢」「追い求める」「精一杯」。こんなフレーズが頭の中をぐるぐる回る。
外を眺めると雨は一向にやむ気配はなく、仕方なく傘をさして帰ることにした。

雷と雨は怒ったようにますます激しく、深夜まで降り続いていた。

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2008年7月10日 (木)

悲しい事件

悲しい事件です。

僕も参加するゴルフ会のメンバーが、若くして命を絶ちました。40歳でした。

7日に死亡、9日にお通夜、というFAXを見た時は、にわかに内容が信じられず、通報者(仕事の関係者)に確認の電話を入れたほどです。もちろん詳細は明らかにされません。かすかに漏れ伝わってくるのは、奥さんと仲が悪く、悩んでいたというものですが、夫婦仲の悪さで、命まで絶つとはすんなり信じられません。憎しみ合って殺害するような事件はたまに起こります。でも、それで自殺はあるのでしょうか。別れるとか、別居とか逃げる方法はいろいろあると思えるのです。

実は彼のことはあまり知りません。床のOAフロアーの施工会社に在籍し、3・4年前に独立したように聞いています。ゴルフも上手で、若いのに頑張っているなというのが僕の印象でした。

ついこの間、5月の終わりごろ彼も参加して、24人でコンペが開かれたばかりでした。僕はゴルフコンペでの付き合いだけでしたが、他の何人かは仕事でも協力し合っていたようで、彼達が悩みを聞いてあげられなかったのか。仕事の悩みであったとすれば逆に相談できない、もしくは相談しても結果が得られない関係にあったりしたのか。本当の原因がわかるのは時間が必要なのかも知れません。

自分の命を自ら絶ってはいけない。でも命を絶たざるをえないほどの悩み、残された家族の思い、彼の会社の今後。

心重くなる通夜でありました。

もうそろそろ梅雨も明けそうですね。

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2008年6月24日 (火)

渋谷の福ちゃん

あっ、友人の名前が福ちゃんではありません。

友人Mさん達と飲みに行った話です。

Mさんと渋谷であって一杯やろうとなって、行ったお店が、魚河岸 福ちゃん。

知ってる人は知っている(当たり前)有名店で、メニューは魚だけ。

以前は時間によっては結構込んでいて、入れないこともしばしばだった。

昨夜ははすいていました。

見せられたメニューは、魚の名前しか書いてなくて、値段は時価だから値段も書いてない。まぁ、メモみたいなものです。

最初にオーダーを入れると、あとからの追加オーダーは認められないので、だいたい3品目ぐらい頼むわけ。

そこで、キンメダイ、マグロ、貝の盛り合わせ。

で、出てきたのがこれ。

Pict0002 盛りがなんともすごくて、もっともこれが名物のゆえんだが今日はここが2軒目だったので食いきれなかった。

飲食の時間も制限があって、1時間30分以内に終わらなければいけないという何とも強気な、客にとってはなんともいそがしい約束事もあったりする。

一緒に行ったMさん達は今日が初めてだったので面喰っていましたね。

最初から、「今日は魚を食うゾー!!エイエイオー」みたいな気合いを入れて、全員がルールを知っていかないと、やっつけるのはむずかしいかな。

話をしながら、とか、ゆったり飲みたいとかが通用しないのだから。

そんなことで今度は気合いを入れなおして、再度の挑戦をかけてみましょうか。

それにしても、すいていたのが気になる。以前よりちょっと高くなったのかもしれない。

魚の大好きな方は話の種に一度どうぞ。

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2008年6月21日 (土)

F社創立記念日の夜

昨夜、武蔵中原M先輩と久しぶりに一杯やろうと思い出かけた。

正確には、やろうではなく、御馳走してもらいにと言うほうが正しい。いつも御馳走してくれる。

場所は、もちろん武蔵中原。

居酒屋Tのカウンターで、先ずビールなどと言って飲んでいると、奥の座敷と二階の座敷が、とても賑やかで、聞いてみるとF社の方々が集まっているらしい。

そこで Iさんに会った。 聞くと、今日は会社の設立記念日で、なんと73年になるらしい。一度2階に上がった Iさんたちが、解散になったらしく降りて来て、われわれと合流した。以前ご一緒したGさんも一緒だ。取り合えす4人で再開を祝して乾杯。 乾杯とグラスを持ち上げるときシュルシュルシュルだか、シャシャシャシャシャだかの奇声を上げ、グラスが最高点に達したときドォーンみたいな声を上げて口元に持ってくる儀式的乾杯を Iさんの音頭でやって、飲み始まった。

そこで Iさんが今日で退職するという話を聞いた。約40年にわたってお勤めしたらしい。

そんな影響か、Iさんはすこぶる元気がよく、ふだんから元気の良い方なのだが、今日は特別元気がよく見えた。そのうち、民謡を歌いだし、われわれも「ソレカラドシタ」「ハイハイッ」などと合いの手を入れながら盛り上がっていった。Iさんにとって、40年勤めた会社を去るという特別な日で、気持ちが余計に高ぶっていたのだろう。Iさんが歌ってくれたので今度はお返し。返杯ならぬ返歌、いや返民謡。昔,Mさんも民謡が得意だったのを思い出し「エンヤードット、エンヤードット、まつしまーぁぁのぉー」などとやったのだが、今日のMさんは歌ってくれず、結局振った僕が下手な歌を歌うはめになった。民謡を歌うのは何年ぶりだったろう。最近はカラオケを歌う人が多く、民謡や、詩吟などはとんと聞かない。ちょっとノスタルジックな宴会になった。

Gさんとは以前会った時に、一日1万歩の話をしたので、「今日はどう」と聞いてみたらもうしっかり1万歩をクリヤーしていた。僕の万歩計は2500歩ぐらいで、これでは帰りを歩かねばならない。

しばらくすると三次会で待っている方達が IさんとGさんを呼びにきて、二人とは別れた。

Pict0003

今日の不思議な縁を話しながらぼくたちも店を出た。

店を出て、見上げるとそこには73年の歴史を経たF社がそびえ、Iさんは今日40年勤めて去っていく。

そんな Iさんと最後の夜に、一緒に民謡を歌えたのが不思議な縁を感じてうれしい。

川崎掘りのほとりは、初夏を感じさせる風が吹きすぎ、ちょっと酔った顔に心地よい。

今日の宴会を思い返し、初夏の風に吹かれながら、のんびり歩いていると心の下のほうから、幸せがゆっくりと上がってくるのでした。

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2008年6月14日 (土)

友人の友人が作った番組

山で知り合ったMさんが、Mさんの友人が作ったNHKの番組を紹介してくれて、見ることができた。

11日(水曜日)13:20からの、3チャンネル 福祉ネットワーク

「ただ、歩く 半身マヒの体で挑む四国300キロ」 という番組です。

内容は、二度の脳内出血に襲われ、左半身に重い障害がある高橋良三さん(60歳)が、四国300キロを只、ひたすら歩くというものです。映像は、朝、カメラが高橋さんの部屋を訪れます。高橋さんは、いつものように左足にサポーターを巻いたりして準備しています。デレクターが今日の調子や、目標を聞いて、高橋さんは「今日は8キロ、できれば10キロあるきたい」というような会話があります。歩いている場面の中に、若かったころ営業マンで世界を駆けまわったころの写真や、今こうやって歩く心境になったいきさつなどが紹介されます。

高橋さんは言います。「僕が今できることは、歩くことだけです。だから歩きます。」そして、歩いているうちにきっと新しい何かが生まれてくると期待するのです。

倒れて絶望的になった人生から、できることは歩くことなので、先ず歩こうと気持ちを切り替えて、歩き出す高橋さん。

カメラは毎日歩く姿を追います。左足を引きずりながら歩く高橋さん。一見退屈になりそうな画面を逆に、淡々と歩く姿を追うことで視る者を引きつける。うまく表現できないけど、見ていて、涙が出つほど素晴らしい映像でした。

ビデオにとらなかったので、再放送でもあればまた見たいと思っています。

それにしても、あっちが痛い、こっちが・・・・・と、言っている自分が・・・・・。

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2008年6月11日 (水)

昨夜はお通夜

仕事で知り合いのSさんのお父さんが亡くなったという連絡を受け、急きょお通夜に行ってきました。お聞きしたところ72歳でお亡くなりになったということですから、まだまだ若いですよね。僕はあと何年で72歳かなと考えると、本当に若いと思いますよ。今話題の後期高齢者にも達していないのですから。

人が亡くなるということは、どんな時でも、ちょっと気持ちが重いというか、厳粛な気持ちになりますね。式場に向かいながら、生きている間に何をしなければいけないかとか、何ができるのかとか、何がしたいのかとか、ぐるぐるまわりで結論の出ないようなことを考えながら歩きましたよ。

人間一度は死ぬのだから、それがいつかはわからないのだからそれまで精一杯生きなければと思ったり、あまり精一杯だと疲れちゃうからまぁそこそこに、と考えたり、いっそうのことやりたいことだけやれば良いんじゃないかと考え直したり、この辺の考えもなかなかまとまりませんね。こんな風に、考えをまとめられないままその時が来てしまうのでしょうか。

たぶん。

ウーン わからない。

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2008年5月18日 (日)

小学校の同窓会

小学校の同窓会があって、参加したのだが、時間を間違えてしまった。

14時スタートを、4時スタートと思い込んでいたのだ。

早めだけどついでにウォーキングなどと思って歩いていると、M君からTEL。

「もう始まっているぞ」、なんていわれて、

「えーっ””」と、なってしまって、正直あせった。

会場へつくと、「何やってんだよ」「ぼけてんじゃないの」などと罵声を浴びて、平身低頭、体を小さくして、席に着いたのだった。

「ぼけてんじゃないの」などとつっこまれる前に、僕自身で「ボケ始まったかな」という、おののきと恐怖、冷静になれなっかたねぇー。イヤー参った参った。

会は、席の周りの人達と、昔の話やら近況やらを話して盛り上がり、あっという間に過ぎた。

そりゃぁそうだよね、1時間も遅れていったのだから。

2次会に行こうとなって、Yさんのお子さんがやっている店がいいとなったが、まだ営業時間にならず、別の飲み屋で時間をつぶす。

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3次会がYさんのお子さんがやっている釜飯が売りの青葉台のお店となった。

ここで、隣に座ったU君が、実はトライアスロンをやっているという。

毎朝ジョギング5キロのN君、今回来なかったがマラソンの伴走者をやるT君、そして、トライアスロンをやる,U君。

みんな、同じ歳とは思えない。

U君は50歳過ぎてからトライアスロンを始めたというから、ますます驚いてしまった。普段から、食事などにも気を使い、トレーニングもして、マラソン大会なども含めると年間12回ぐらいの大会に参加しているという。ほぼ毎月でしょ。すごいよね。

ウォーキングで月に30万歩、などといって達成できない自分がちょっぴり情けない。

解散となった後、同じ駅で降りたS君が、もう一軒よろうかと誘ってくれて、E君と三人で4次会。そこにS君の奥さんが顔を出し、子供や孫の話になりもう一盛り上がりしてしまい、気がつくと、夜もだいぶふけてしまった。

延々と約8時間にわたる酒飲みレース。これもすごいね。

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2008年4月 2日 (水)

仕事仲間の同期会

昨夜、昔、仕事でお付き合いのあった仲間たちと酒を飲んだ。

元請会社の部長さんが、若かったころ、要するに、現場の一線にいたころの各会社の担当者に声を掛けてくれて、7名が集まった。いまだに付き合いのある方もいるが、約10年ぶりという人もいた。当然ながら、あのころはサー・・、などの会話になり、若かった20年、30年前の話で盛り上がった。思い出の言の葉に登った人も「もう、なくなったよ」という返事があったりして、ちょっとしんみりしたりもした。

今後は、仕事抜きで付き合っていこうという意見でまとまって、とりあえずゴルフ会でもしようとなった。遊びの話はすぐまとまる。「早速俺が段取りするよ」と言う人がいて話がまとまってしまう。「月、一回は会おう」という人がいたり、「会の名前をつけよう」という人がいたり、わいわいがやがやと夜が更けていった。

いやぁー、昔は、元請と下請け、商売仇同士、などの関係を乗り越えて、今こうして会える、同期会のような会はうれしい。

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2008年3月30日 (日)

七輪パーティ

お休みのK君が遊びに来てくれた。

彼は、アウトドア志向が強くハイキングにも何度か同行している。

今日は、腰痛でもあるので、夕方から七輪パーティー。

魚の干物をあれこれ買ってきて七輪で焼きながら、ビールを飲む。

ちょっと肌寒いがやっとこういうことができる陽気になった。

K君は、「どんなレストランよりも、こうして食べるのがうまいね」などといってくれる。

まだ寒いから七輪に手をかざしながら、ビールを飲む。

何を話すでもないが、こんな時間がうれしい。

春に感謝!!

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2008年3月17日 (月)

山歩会に参加

山歩会に参加させていただきました。

案内をいただくと、第60回山歩会散歩と書いてありました。
昔は単に山歩会でしたから、いつからかその後に散歩がついたことになります。そうか、要するに皆さん高齢に(僕も高齢です)なられて、無理をしないようにということらしい。

と、いうことで今日は相模大野に集合、バスで北里大学病院まで行き、そこからスタート、相模原公園まで歩き、お昼を食べてくるという計画です。集まったのは13名。のんびり公園まで歩きました。

ここは、市立相模原麻溝公園と県立相模原公園が隣接しており、合わせるとかなり広い公園です。施設も充実しており(お金のかけすぎに見える)公園というよりは庭園風なところもあり、Pict0021 うーん、景気の良かったころに計画されたのか、予算が多いのか、はたまた県と市で競い合ったのか、とても素晴らしい公園です。今日は日曜日とあって家族連れが大勢来ていました。展望塔へ登り公園の全貌を眺め、のんびり散策し、芝生広場でお弁当です。持ち寄ったシートを広々と敷いて車座になり、各自お弁当を広げます。すると、ワイン、焼酎、ウイスキーと飲み物が出され、これまた持ち寄ったおかずと、つまみが出され、それらが次々と回ってきます。僕は弁当のふたにいただいたのですが、品数にして14、5品あり、取り並べるとまるでお正月のおせちのようになった。ちょうど我々が陣取った芝生の向こうには菜の花が満開で、まぁ、お花見ですね。  そのあとには、お昼ねタイムもあって、本気でお昼寝する人、おしゃべりする人、それぞれに楽しんでおりました。この和気あいあいが260回続いた理由なのか。

この会のプランナーはリーダーのSさんで、260回すべてのプランを立てている。このことはすごいことだと思う。20年以上にわたり260回だよ!頭が下がります。

リーダーは偉い

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2008年3月15日 (土)

山歩会

山歩会という、昔山を歩く会があって、明日260回を迎えるということだ。

月に1回らしいので、21年もの古い会だ。続いていることすらすごいことだ

僕も、10何年か前に2度ほど参加させていただいたことがある。

久しぶりにご一緒させていただこうかと思っている。

覚えていてくれるかな。ちょっと心配。

忘れられているかもね。

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2008年3月14日 (金)

歩きの達人

昨夜、久しぶりに中学時代の親友と酒を飲んだ。
彼は学生時代に大阪まで何度も歩き、一時期自転車に乗っていたころは大阪往復を5回ぐらいやって、最近はもっぱら小田原ー沼津間の箱根越えをやっている。大阪まで歩いたころは、スタートを日本橋にして、歩いていると車が止まって「乗っていかない」とか声がかかっても乗らずに歩くというこだわりを持っている。いまやっている箱根越えはもっぱら夜寝ないで歩くそうだ。車とかが少なくて歩きやすいらしい。ひと月に3回ぐらい、約50キロの行程を休まず、トイレと、ものを口に入れる時立ち止まるくらいで10時間で走破するという。走破ではなく歩破か。

でもねぇ、徹夜で歩くのは・・・・僕も一度連れて行ってもらおうと思ってはいるがちょっと腰が引けてしまう。

実は彼に靴の選び方を聞きたかったのだ。答えは、通常の大きさの1から1.5センチ多きいものを選ぶといいらしい。超距離を歩くと足がむくんで大きくなるそうだ。うーん、知らなかった。参考になる話をいっぱい持っているようだ。

近々また会って酒を飲みたい。

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