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2008年11月

2008年11月29日 (土)

ストリートミュージシャン中村憲佐のサックス

肩痛治療に日吉の鍼灸院に通っていて、歩いていくことが多いのだけれど、今日は健康診断の後だったので電車で向かった。日吉駅の改札を出るとサックスの音楽が聞こえて、なんとも良い雰囲気だった。この駅は東急百貨店が併設されているので、そこのBGMかと思った。ところがそうではなくて、ストリートミュージシャンがサックスを吹いていた。

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なかなか伸びのある良い音で、しばらく道の向こうの大きな銀杏の紅葉などを眺めながら聞いていた。後ろは綱島街道で結構車が往来しうるさいのだが、その騒音も気にさせないほどの良い演奏だった。と言うか、こういうところで聴く生の演奏はとてもうれしいですね。それに後ろの銀杏が実によい。慶応大学のコンコースの銀杏で今一番良い色をしている。2曲目を聞いて、肩痛に行かなければならないので、急いでCDアルバムを購入してその場を後にした。

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それにしても立派な銀杏。

診療が終わってから、帰りはしっかり歩いて、12000歩。これで明日3000歩ほど歩けば30万歩達成となる予定だ。

アルバムを買ってみてみると、演奏していたのは中村健佐(なかむらけんすけ)さん。ストリートライブを中心にアルバムを売っているそうだ。そして演奏していた曲はボズ スキャックスのフェイド・イントゥ・ライト。いや僕も初めて聴いた曲で知らなかったのだがなかなか良い曲だった。他にも色々な人のカバー曲が入っていて、それもゆったりしたフィージョン系の演奏でなかなか良い。今度映像につけてみたいと思っている。

http://www.kensukesax.com/

中村健佐さんのホームページでサックスの音色が聴けます。

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時間がかかった健康診断

今日は健康診断。

たいていのことはまだスムーズにいくのだけれど、腹部エコーと、胃の検査で、なんかいやに時間がかかって、複雑な心境でしたよ。

腹部エコーの先生は年配の女性の方で、いかにもベテラン風。いや、ベテランなんだと思います。その方が、同じところで「ハイ息を吸って、吐いてー、ハイもう一度・・・、吸ってー、止めてー」とやるのだ。他の人の倍ぐらい時間をかけてくれて、慎重に検査してくれた。その慎重さはありがたいけど、検査される僕はちょっと「うーんこれは何かあるな」と疑いを持った。そこで終わった時に「先生に「お主、わしに何か隠しておるな」と問い詰めると、「いや、大したことではありませぬ、ちょっと胆嚢にポリープが」と言うではないか。まだ小さいから大丈夫だというので「もうよい」と言ってそこを出た。

次はバリュームを飲んで胃の検査。こちらは若い男性の先生。この先生もしっかり時間をかけて検査してくれた。「すいません、もう一度このふくらし粉を飲んでください」と言うのを、なんと2回もやったのだ。そしてこれも同じ態勢で何度も写真を撮って、それでも足りず、もう一回ひっくり返って、ハイ、今度は2回ひっくり返ってから斜め左、ハイそこそこハイ止めてー」などと、回転台をくるくる回し、その上で僕が回ったり、斜めになったり、腹ばいになったり、マア、こっちがこれも何かあるワイ、と思うほど慎重にかつ長時間検査になったのだ。「すいません、もう一度・・」なんて言うからもうこれは絶対に怪しい。終わってから「今度はなんじゃ」と尋ねると、「いや、今の段階では申し上げられませぬ。検査の結果発表をお待ちくだされ」などと言うのだ。「おぬし、素直でないのう」などとは言わず黙ってそこを出て、検査はおしまい。

あとは一ヶ月後の検査結果を待つしかないのだ。

今まで風邪や、胃痛や、スギ花粉症や、肩痛や、腰痛や数えれば、かなりの医者通いをしたけれど、入院は一度もしたことがない。仕事であたふたしていたころは、一度で良いから3日ぐらい入院をして、じっと寝ていたい、などと不謹慎な考えを持ったことがあるほど健康だった。そう考えると、何とか人なみに、病気持ちになるのかなーなんて思って、年なんだからしょうがないか、などと思えば、納得できる。

でも、僕の予想では、なんともなくて、とりあえず経過観察ぐらいになりそうな予感がする。
なんかあれば「僕もいちにんまえかー」みたいに思うことにしよう。

ちょっと強がり風に聞こえるかなー。

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2008年11月28日 (金)

なんとか、年金受給手続き完了

昨日から年金受給手続きの書類を作り、こういうの苦手なので、何度も読み返しながらやっと作って、今日社会保険事務所に持っていった。ア、その前に役所へよって、戸籍謄本取って、それからもって行った。社会保険事務所へ入るのは初めてなので、今いろいろうわさもあるし、みんなピリピリしていたり、お客が文句を言っていたりしそうだからちょっと緊張して入っていった。

意外とすいていて、静かで、拍子抜けしてしまった。

それでも接客カウンターは満杯で、しばらく待っていた。おりしもテレビでは麻生総理と小沢代表の党首討論を中継していた。声が絞ってあるので聞こえなかったが、お互いに笑ったりしているので結構なごやかな党首討論だなと思い見ていた。そのテレビの前では特別にテーブルが出してあり、年金おたずね便の受付をやっていた。係りの人はやっぱり腰が低くて、結構気を使った対応をしているようだった。見ているとそれなりに大変そう。そちらには若い人も訪れていて、問い合わせの内容を聞いて、「はい、それでは地下の何番に行ってください」とか言って、担当係りに振り分けていた。丁寧に。

やっと順番が来て、いろいろ細かい内容をチェックし、書き間違いがないかをチャックじゃないチェックし、配偶者の内容にも及ぶのでそれをパソコンで確認しながらチェックし、なんだかんだとやっぱり大変だ。僕の場合、共済、厚生年金、国民年金とそれぞれを経験しているので、なんとも面倒なの。別にいろいろ好きで経験したのではなく、要するに食うために転職したわけ。手続きがこんなに面倒なら転職しなかったのに、などと考える余裕もなく、中には倒産もあったし、廃業もあったしで自分の意志とは関係なく経験するはめになったのだ。
男はつらいのだ。

まあ、無事にチャックじゃないチェックが終わり、わずかな年金がもらえることを確認してそこを出た。

あーっ!!、とうとう年金貰う年になったか。

なんだか急に体が重たくなり、普通のウォーキングスピードで歩きたくない。いや、歩く気がしない。なんかどっと疲れが出ちゃって、のような感覚。頑張りたくない。最近にない感覚。仕方がないのでゆっくりとぼとぼ歩く。うつむいて歩きながら思う。これじゃ年寄りじゃん。いやいや正真正銘の年より。ジョギングの若い女性が横を追い抜いていく。いいなーと、見送る。

実は今月、結構歩いているのだ。
月初めの30キロウォーキングが貯金になっていて、今のところ月に30万歩ウォークが達成できそうなくらいなのだ。一日一万歩、一月30万歩。今年から始めた健康と趣味をかねた一日一万歩なのだが、実はこれが結構大変で、達成できたのは9月のみ。実は時間をとるのが大変なのだ。前にも書いたが1万歩、歩こうと思うと約2時間のウォーキング時間を取らないといけない。その時間が作れないの。年金受給年齢のわりには結構やることあるんだよ。結局歩ける日にまとめて歩こうとするから結構無理してしまうわけ。そして今月再び達成のチャンスなのだが、ここにきて体が疲れてきたのだ。

年なんだから無理しない方がいいのか、無理をがんばって今の体力を維持するのか、なんとも悩ましい。

悩む年金受給者、とぼとぼと・・・

明日は健康診断だって。

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2008年11月27日 (木)

檜洞丸 展望台からの富士山

西丹沢、桧洞丸、ツツジ新道展望台から富士山の映像です。富士山の頂上に雲が湧き、流れる様子をとらえてみました。曲は友人坂上隆男君が作曲した「美樹さんと正浩に捧げる曲」からの抜粋です。 2008年11月19日撮影。

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2008年11月26日 (水)

トカゲがいけにえのその後

以前見つけたモズのはやにえ。

トカゲが餌食になった様子をアップしました。(11月9日)

その後、いつの間にか胴体がなくなっていました。

その写真。小さくしておきます。怖いもの見たさの人は写真をクリックしてください。

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いつの間にか、モズが来て胴体を食べたようです。首だけになっていました。

元写真もとりあえず。

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今日はきれいな朝焼けでした。2階から大きなケヤキが見えて、その向こうからの日の出です。

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2008年11月25日 (火)

ひとつ歳を取ってしまった

11月23日、勤労感謝の日、実は僕の誕生日。

実はもうこれ以上歳はとりたくないのだが、こればかりは毎年誕生日が来るわけでどうしようもない。65歳。立派な年金受給年齢。

若ぶりたいのだが、年々体力は落ちるし、あちらこちらが痛いしで、これが寄る年波には勝てないということだろう。まぁ、勝たなくても良いと思うが、何とか引き分け程度に体力を維持したいと思っている。

孫達が来てくれるというので、チラシ寿司を作った。

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ベースはシイタケ、タケノコ、人参を砂糖と醤油で煮つけたものに寿司飯を混ぜたもの。上に、海老、タコ、ダシ卵(市販品)、蟹風味、胡瓜、イクラを載せた。

孫たちが喜んで食べてくれて、その様子を一杯やりながら見ているのはうれしい。

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孫たちからは誕生日お祝いメッセージが届いて、5番孫は恐竜に凝っていて恐竜の絵、6番孫は親に手伝ってもらって顔をかいたものやウサギやイチゴ、2番孫はケーキや折り紙の手紙入れが張ってあるごちゃまぜメッセージ、とそれなりに作ってくれた。
誕生日はどうでも良いが、みんなが集まってくれて、わいわいやっている中で酒を飲んでいるのが、好き。

3番娘の婿殿と酒を飲み、酔いが進むほどに亡くなった彼のお母さんの話になって、はじめて彼は涙を浮かべて、早く亡くなった母の無念さを語ってくれた。お母さんの癌が進行しているとの知らせに、彼は二所帯が住める貸家を借りて両親と同居したのだが、3か月ももたたずに母親はなくなってしまった。残されたご主人もつらかったと思う。仲の良いご夫婦だったからなおさらだ。短い時間でも孫たちと過ごさせてあげられたのでよかったと思うと彼は言って言葉を結んだ。

そして僕はその孫たちと楽しい時間を今持っている。この幸せは何物にも代えがたい。

世の中暗い話が多いので、ちょっと楽しい話と思ったのだが、書いているうちになんだか趣旨が変わってきてしまった。でも良い話でしょ。

人生と同じで行き当たりばったり・・・・ ごめん

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2008年11月24日 (月)

ひもものつどいとジャズコンサート

最近インターネットの接続が突然切れたりして、ブログアップができなかった。

そこで、連休前の21日のこと。

小学校でひもものつどいが行われ、1年坊、3年坊、5年姫が出るので見に出かけて行った。

ひもものつどいは「生活発表会」で子供たちの成長を父兄に観てもらうもの。僕たちのころは学芸会と言った。1,2年の低学年の部、3,4年の中学年の部、5,6年の高学年の部と分け、高学年の部は午後になる。

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1年坊は音楽グループで合奏と、全員で合唱。

3年坊は全員で「モチモチの木」を群読と歌で表現。全員がカラーパネルを持ち、風の音や木の葉の様子をパネルを振りながらザワザワとやった。

5年姫は八ヶ岳で行われた自然教室の楽しかった様子を、歌や踊りや解説で表現した。

みんなのびのび楽しそうに演技している様子が、見ている僕をうれしくする。

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当日は教室も開放され、自由に参観できた。久しぶりに廊下を歩き、教室に入り、なんとも懐かしい気持ちになった。建物は建て替わって今とは違うのだけれど、僕もこの学校を53年前に卒業している。半世紀も前。

廊下や教室には習字や絵画や、工作の作品が並び、みんなのびのびと作り書いている。その中に孫の名前を見つけるのがうれしい。

作品の指導、展示などで先生大変だろうと思う。

ひもものつどいも先生は最初に「準備は良いですか」と、声をかけ、あとは子供たちが進行し、子供たちに任せていた。子供たちも立派だが、これを指導した先生たちも素晴らしいと思った。6年生の合唱の指揮者の子が、初めの解説でまごついたとき、他の子供たちから激励の手拍子がわいたときには、僕も思わず手をたたいてあげたくなった。それほどみんな楽しんでやっている。指揮をする子もちょっと照れくさそうではあったが、はっきり云い直しをして、指揮をはじめ「マイ・バラード」を歌い上げた。

夜は寺井尚子さんのジャスバイオリンのコンサートへ出かけた。

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会場のあるクイーンズスクエアーには、電飾のツリーが飾られ、年末商戦の雰囲気だった。

時間までツリーを眺めたり、久しぶりの横浜の夜景を眺めたりした。

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みなとみらい大ホールは、ほぼ満席。寺井尚子さんの人気のほどがうかがえる。ジャズにバイオリンという楽器が珍しい。曲はアマポーラで代表されるように、イントロはバイオリンを生かしたゆったりした入りで、ピアノにひきつぎ、アドリブは高音域を使った激しいビート、ピアノとのセッションもなかなかおもしろかった。特にアドリブ部分はCDにはないので、ライブに来た甲斐があった。寺井さんの体をゆするような、足でテンポをとるようなしぐさも、クラシックのバイオリンにはない、いかにもジャズらしい面白さだった。

会場が広いので、バイオリンにマイクを付けたが、そのマイクが音を残響させるようで、これはCDのようなクリアーな音でないのが少し残念であった。

と言うことで、僕には珍しく音楽を聴く一日になった。

芸術の秋か。

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2008年11月20日 (木)

西丹沢ツツジ新道、展望台まで

「3日前に歩いた西丹沢の紅葉がとてもよかったよ」とYさんに話したら行きたいという。

そこで、昨日天気も良いので、再度西丹沢檜洞丸のツツジ新道を歩いてきた。

西丹沢について、教室の館長さんとあいさつ。「今日は東沢に鹿狩りの人たちが入ってますよ」と、情報をもらってから出発。

前回は、デジカメのSDカード入れ忘れのため写真がなかったので、今回改めて写真を撮ってきた。

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ツツジ新道入口付近から大室山を眺めて山道へ。

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ゴーラ沢途中の紅葉。

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西丹沢の権現山を振り返る。

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ゴーラ沢までのルートは僕のお気に入りのトレイル。

ところが突然「ドーン」と山に銃声がこだましびっくり。館長さんの情報がなければ怖くて引き返すところだった。

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ゴーラ沢を超えるとだいぶ紅葉が進んでいる。

また銃声が響く。ちょっと怖い。

でも増えすぎた鹿も減らさねばとも思う。

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展望台からは大きな富士山。紅葉もだいたいこの辺まで。

稜線を見上げるともう茶色の世界で、葉の無くなった木々の間から青い空が透けて見える。

登るのはもういいや、と言うことにして、ここでしばらく富士山と、紅葉をのんびり楽しみながら、お弁当を食べコーヒーなどを飲んで帰ってきた。

東京も今朝は一気に冷え込んで、山の紅葉もだいぶ進むだろう。

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2008年11月17日 (月)

檜洞丸、青が岳山荘の一夜

秋の檜洞丸にN君と出かけた。

西丹沢自然教室まで車で入ると、ちょうど紅葉の真っ最中でモミジが真っ赤になっていた。さっそくデジカメを取り出し撮影しようとするとなんと,SDカードが入っていない。最初何でシャッターが押せないかわからず、「アレレ!」などと言っていたのだがカードを入れ忘れて持ってきたのだ。昨夜PCに写真を取り込んでカードを抜かずに今朝飛び出してきてしまったのだ。自分の馬鹿さ加減を長々と書くこともないのだが、そう言う理由で写真はない。文字だけのつまらないブログ。

青が岳山荘にはN君の知り合いがいるということなので、彼に予約を取ってもらい、僕は初めて宿泊する。今日は山荘までの行程なので、わりとゆっくりの登り始めだ。教室に着くと、管理人さんが「今日はとまりですか」と声をかけてくれてた。

前回は10月29日にブナを見にツツジ新道を登っている。その時はまだ教室あたりはさほど色付いていなかった。それが今回はみごとに色付いている。
ゴーラ沢出合あたりも良い。ここでのんびり昼食。車で来る途中のコンビニでお昼を買ったのだが、そこにはオニギリ類は売り切れ、お弁当もほとんどなし、仕方なしにカップラーメンを買ってきて、それが昼食。お湯を沸かしたついでにコーヒーを入れ、のんびり、ゆったりの時間をとった。ここからはちょっと急坂。このコースはヤシオツツジで有名だが、モミジの木もあって、それが色つき赤やオレンジ、黄色ときれいきれい。展望台あたりまでがとても良い。

天気はスタート時は薄日が差すようであったが、徐々に雲が厚くなり、頂上に着く頃には霧、そして雨になってしまた。

小屋につくと、先着の3人パーティーが一組いて、もう酒盛りを始めていた。ぼくたちもビールを買い、そのあとはN君が担ぎあげた焼酎を頂いた。山でいただくお酒は本当にうまい。そこへ健脚の若者が到着して、聞くと大倉尾根を8時頃に入り、塔の岳、丹沢、蛭が岳を超えてきたという。僕なら到底一日では歩けない距離だ。長年山を歩いてきたN君も感心していた。
夕食は、小屋番のお二人が「特別よ」と言っていたので毎日同じとは限らないようなのであえて書かない。鍋料理だったが、山小屋で鍋は僕も初めてだった。もちろん美味かった。暗くなってだいぶたった8時近くに、教室の管理人さんが登ってきた。聞くとタイムは何と1時間40分。それも夜道だよ。これもすごい。僕は同じコースを3時間では登れない。なんともすごい人たちがいるものだ。皆でこたつを囲み山の話で盛り上がり夜は更けていった。

翌日は朝から雨。当初の予定は犬越路を超えて大室山を目指す予定だったがコースを石棚山稜に変えて下ることにした。これは前回歩こうと思っていたのだが、日帰りのわりには山へ入る時間が遅く、石棚を回ると僕の足では暗くなってしまいそうでやめたいきさつがあったからだ。雨は降っているが雲は高く、蛭が岳や塔が岳が見える。頂上を回りこむと大室、加入道、畦が丸の稜線も青く連なって見える。さすがに富士山は裾野を見せるだけであった。幾重にも重なる青い稜線はきれいでついついビデオを回したくなり足が止まる。N君は下りが得意だということで、確かに早い。僕が足元を気にして歩いていて、顔を上げるともう5mほど間隔が開いてしまう。僕も急いで追うのだが、次に顔を上げると8mに開いているといった様子だ。優しい彼は間隔が開いた様子を見ると待っていてくれる。そんな感じでどんどん行くと石棚のブナ林をあっという間に過ぎ箒沢への下りになっていた。

自然教室に着くと、小屋で一緒だった3人パーティーと小屋番の方と、教室の管理人さんがいた。楽しかった昨夜のお礼を言い別れ、僕たちは温泉を目指した。のんびりお風呂に入り、昼食をとって、今回の山行は無事終了。雨に降られたが、紅葉はきれいで、山なみもきれいで、小屋の一夜も楽しい山旅だった。

青が岳山荘は要予約です。

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2008年11月15日 (土)

友人の墓参り

「11月14日、H君の墓参りに行くけど、行く?」と、1ヶ月前に誘われて、「うん、行く」となった。

待ち合わせは京浜急行の金沢八景駅。京浜急行は都心と三浦半島を東京湾沿いにつなぐ電車で、子供のころに逗子や葉山、三浦海岸などへ海水浴に行くために良く使った。しばらくぶりの車窓からの景色は、なんだかやたらにビルが増え、マンションが並び、海側はますます埋め立てて遠くなったようだし、山側は無理やり斜面に段々畑風に家が立っていたりして、ずいぶん様子が変わったようだ。あの家までどこに道があるのだろうなどと考えたりしながら感心して流れる景色を眺めていると電車は金沢八景駅に着いた。ホームに立つと、同じ電車にS君とN君が乗っていて、一緒に改札を出る。そこにはわれわれと同年代よりちょっとばかし先輩と思われる方たちが30人ほども集まって、どうもこれからウォーキングらしい。元気なウォーキンググループは歩いていると結構見かけるので、これも一種のブームかななどと思いながらバス停に行くと、その方たちも同じバスに乗るのだった。結構大勢乗せたバスは朝比奈で団体さんを降ろし、僕たちはその先の横浜霊園で降りた。この辺は三浦半島の丘陵地帯を開発して作った霊園で、お墓は山の斜面を登っていき、その先は急な崖のような斜面になっていて、その上は緑の森になっている。

S君が、生前彼が好きだったお酒を用意した。タバコも好きだったので買おうと思ったが、なんと今の自動販売機はタスポがないと買えず、これは断念した。霊園事務所で花を買い、彼のお墓に向かった。「確かこの辺だったよなー」などと探し、3列ぐらい探してh君の墓は見つかった。線香を手向け祈る。

T君が「線香が消えるまで居よう」と言い、おもむろにザックからボンベを出し、われわれにコーヒーを入れてくれた。

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コーヒーを飲みながら彼の思い出話などをする。彼とは、時々通学などで一緒になったことがあり、とてもまじめな印象を持っている。60歳は、いかにも若い。ついつい今元気でいれば、話ができるのに、などと思う。このお墓を作ったのが彼のお父さんだなどと聞くと、なんともやりきれない。

しばしの時間をすごした後、墓地の中を横切り、ハイキングコースへ出た。帰って地図を見ると「鎌倉天園ハイキングコース」とある。若い人達や、女性達が歩いていて、いわゆる鎌倉アルプスと言われるコースのようだ。

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端泉寺へ降りて、そこからは街中を歩き鎌倉宮を過ぎ、鎌倉八幡宮まで歩いた。
八幡宮は観光シーズンとあって、大勢の人達でにぎわっていた。七五三も居れば、結婚式も挙げていた。

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駅近くのトンカツ屋に入り、遅い昼食というか、一杯というか、飲むついでの早い夕食というか、とにかくビール、ビールとなって、そこからはいつもの同級生同士の楽しい語らいとなった。その中で、若くしてアメリカ駐在を経験したT君が、アメリカ生活でであった黒人女性の話をしてくれて、それがちょうどキング牧師が暗殺された後で、初めて人種差別を知ったこと、時代が過ぎて、初めて黒人の大統領が誕生したこととの自分の思いなどを話してくれた。平和を愛する彼らしい語り口にちょっと胸が熱くなったりした。

こんな一日はなんともうれしい。

そして今日は、N君と山へ向かう。

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2008年11月14日 (金)

天気良いので大山

久しぶりの好天。雲一つ無い。

空を見ているうちに、山へ行きたくなって、ところがその日の思いつきだから出かける時間も遅いので、近場、簡単に登れるところ、で、選んだのが丹沢山塊、大山。

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下から見上げると山全体が赤というより、ちょっと茶色に見える。
紅葉は終わったのか。

ヤビツ峠まで車で登ると1時間10分ほどで頂上に立てる。

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ヤビツでは、紅葉が残っていた。

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途中は低潅木の中をいく。

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ところどころにこんな紅葉もあって、

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そのうち鳥居に到着

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頂上には阿夫利神社の上社があり

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売店もある。ウイークディにもかかわらず、僕もそうだが、天気につられてきたような人達が大勢登っていた。

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眼下には、秦野、伊勢原、厚木の街や、遠く相模湾、江ノ島、三浦半島などが見渡せ、裏へ回ると丹沢の表尾根越しに富士山が望める。
先週まで雪のほとんど無かった富士山も、この2.3日の寒い雨が雪だったようで6~7合目あたりまで白くなっていた。
その雪の下あたりに、写真では見にくいようだが雲が細く長く左にたなびいていた。

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鳥居の手前に以前は無かったこんなグレーチングの階段があって、なんだろうと思ったら鹿止め対策らしい。鹿はこのグレーチングの上を歩けないようなのだ。へぇーそうなんだ。

帰りは、いつも寄る、鶴巻温泉、弘法の里湯。

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早い時間にもかかわらずとても混んでいた。
市外の方、2時間800円、1日1000円です。
聞くとこの時期はハイキング客で混雑するようで、土、日、ともなるとロビーに入りきれないぐらいだという。温泉も人気だね。

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2008年11月12日 (水)

巣箱を設置

我が家の狭い庭にも時々小鳥がやってくる。

先日はモズのはやにえが見つかったりした。

ここ2,3日冷え込んで、庭にシジュウカラがやって来たりしている。

そこで春先にOさんから頂いた、巣箱を設置することにした。

来春に、小鳥が入ってくれればうれしいのだが。

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2008年11月 9日 (日)

トカゲがいけにえ

庭の木を剪定していて見つけた、モズのはやにえ。

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トカゲの首根っこを細い枝に刺していました。

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アップにするとなんともリアル。

時々庭にトカゲがちょろちょろしていのを見かけていましたが、モズに見つかりいけにえにされてしまったようです。

こんな都会でも、少しは自然が残っている証拠でしょうか。

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2008年11月 8日 (土)

平和を守るということ

早朝庭で猫が、ギャーギャー、グウォー、ニャゴォーなどと複数でないていて、その声のうるささで目が覚めてしまった。例の長く尾を引いてなくあれです。まるで赤ちゃんの鳴き声のようで、耳について、聞いているうちに眠れなくなってしまった。猫にとっては一種の青春ですね。この話はどうでもいいのですが。

眠れないぼんやりした頭で今話題の自衛隊の偉い人が発言して問題になっている「侵略はなかった発言」を考えてみた。

10人いれば10通りの意見があってしかるべきだが、そのベースになるもの、今回の場合は歴史認識の問題、これがある程度一緒でなければ、意見はかみ合わない。彼の論文を読むと、大東亜戦争は侵略戦争ではなかったとか書いてあって、その理由付けも書いてあるのだが、要するに、日清、日露の侵略は規定の事実のように書いていてこれらのの戦争を侵略戦争とは言っていない。いろいろと述べている内容は、国家間の取引的な内容に終始し、そこには人々が受けた苦痛、犠牲などには触れようとしない。人間がいないのだ。要するに右よりの好戦派ともいえるような人達の意見と同じで、よその国に軍隊を進めることが侵略であると思うのだが、そうは認めないぞ、という態度なのだ。その論拠は、なんと日本に駐留するアメリカ軍が侵略軍ではないだろうという理論であった。第二次世界大戦の後、アメリカ軍は日本を制圧した。この時点ではアメリカ軍は日本を侵略したといってよいと思う。その後、日本の主権を認めているので侵略軍ではなくなったと考えるのが妥当だろう。先のベトナム戦争はどうだったのだろう。共産主義から南ベトナムを守るという大儀でアメリカは軍を派遣したが、やったことは侵略そのものだった。枯葉剤をまいたり、連日の絨毯爆撃、人を虫けらのように銃殺する様子はテレビでも放映され、これを侵略と呼ばすになんと言うのだろう。そして今イラク戦争だ。

好戦派の人達は、歴史を曲げても自分たちに都合の良い理由をつけたがる。南京大虐殺もなかったというし、沖縄の集団自決に軍の関与はなかったという。つい最近では「自衛隊の行くところは戦闘地域ではない」なんて言った人もいた。しばらくすると戦争そのものもなっかたなんて言い出しかねない。ネットを見ると結構そんな書き込みもあっていやな気分にさせられる。

今、ネットに書き込む若者たちはあえいでいる。職がなかったり、あっても給料が安く生活が思うようにいかない。その若者たちが、やけになって戦争でも起こればよいなどと思ったりしているようなのだ。戦対ゲームなどしか知らない若者は本当の戦争の悲惨さがわからない。食べるために自衛隊に入る若者も多いという。この経済状況の疲弊は、アメリカの企業が日本で商売しやすいようにする規制緩和が大きく影響しているように思える。これはアメリカの経済侵略ではないかと思うのだがどうだろう。世界経済がグローバル化する中ではしょうがないという意見もあるが、何とか若者が希望の持てるような社会にしてほしい。議員さんたちにお願いしたい。

議員の中にも、安部前総理のように憲法を変えようという人達がいて、自衛官の中にもそういう人達がいて、兵器産業の人達ももちろんそうだし、今回論文を募集したホテル経営者もそうだし、右より思想の方たちがどんどん意見を言うようになって来ている。右の意見が多くなって、あっと気がつくと公然と戦争をやれる国になったりするのは、なんとしてでもとめなくてはならない。

平和を守るということは、誰かがやってくれることではない。平和を愛する人達はついついおとなしくなってしまいがちだ。でも黙っていては平和は守れない。子供たちや、孫達に平和の大切さを語らねばならない。話さなければ伝わらない。

こんなつたない意見をブログに書くことには、ためらいもあります。
でも僕にできることは、平和の大切さを訴えることぐらいなのです。
お読みいただきありがとうございます。

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2008年11月 7日 (金)

秋のブナ林、大洞山、三国山

御殿場から山中湖に向かうと、篭坂峠の右になだらかな峰が続いていて、その峰が大洞山と三国山です。 稜線は1300mぐらいにあり、ブナの林になっています。11月1日に訪れた時は、ちょっと紅葉には遅い感じでしたが、映像にあるような奇麗なブナも残っていました。 今回使用した曲は、私の友人が作曲しました。秋色の山に合う優しい旋律なので使わせていただきました。 今後も友人の曲と、映像をコラボレーションしたいと思っています。 ほんの少し、心休まる作品になればと思い作っています。

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2008年11月 5日 (水)

西丹沢、ツツジ新道ブナの紅葉

西丹沢、桧洞丸のブナの紅葉です。毎年見に行きますが、なかなかベストな時期に紅葉を見ることは難しく、今年はすでに稜線上は終わっていました。標高1300m、展望台の上あたりは、きれいな黄葉のブナがありました。 2008年10月29日の映像です。

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2008年11月 4日 (火)

スリーデーマーチのワンデー

東松山で行われた、日本スリーデーマーチに参加した。東松山スリーデーマーチとも言うようで、参加のいきさつはこうだ。以前、ブログで40キロウォークをやったとき友人から東松山スリーデーマーチがあることを知らせるメールをもらった。友人は単にこういうイベントがあるよ、と言う軽い気持ちで知らせてくれたようだ。友人が住んでいるのはこの東松山で、僕は彼に一緒に歩こうと提案する。知らせてくれた彼は特にウォーキングを趣味としていない。普段はウエイトトレーニングをしていて、筋骨隆々、がっちりした体を持っているスポーツマンである。歩きについて得意にしている話は聞かない。ところが紹介したいきさつから一緒に歩いてくれることになったのだ。彼がエントリーもしてくれた。そして、参加の折には朝早いので泊めてくれることになった。歩くのは1日だが前泊して、歩いた後風呂を浴びて一杯やろうとなってその日も泊めてもらい、2泊3日の行程になった。

スリーデーマーチは11月1日から3日までの3日間、コースを東松山市役所から出発してその日その日でルートを変えて行われる。その3日目の30キロコースに参加したわけ。

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スタートは朝7時、その前に受付を済ませ、メインステージには各地のウォーキング協会からゲストが来ていて、挨拶をしたりしている。

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エイエイオーなどとやっていよいよ出発。

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ぞろぞろと、延々とつながっていく。

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住宅街も通って行く

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しばらく行くと郊外に出て、畑の中や、川のほとりの気持ちの良いルートを行く

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ルート表示は各コースのキロ数と、矢印がある。

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中間点にはチェックポイントがあり、チェックマークをもらう。

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前を行くのはキャンプ装備で歩いている参加者。
石川県から参加のキャンパーで、指定の場所にキャンプをしながら3日間30キロのコースに参加しているという。さすがに最終日の後半は足が痛いと言い、スローな歩行になっていた。20キロを背負い30キロを3日間はすごい。

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年配者ばかり目立つが、子供たちや親子連れも結構参加している。

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トン汁会場に到着。ここで残り10キロ。足がかなりまいってくる。

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疲れているのはぼくたちだけではないようで、大勢休んでいる。

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外国から参加の人たちとの交換風景も見られる。

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高坂駅付近。子供達は20キロコースに参加していた。

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会場付近では各種イベントを開き大会を盛り上げている。

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午後3時30分やっとゴールに帰ってきた。

今日の30キロコースは実際のキロ数は34キロ。
とりあえず8時間30分で何とか歩き切った。

各人が背中にメッセージカードをつけて歩いている。
それには、国籍、市の名前、参加者の名前、一言メッセージ、各日にちと歩くキロ数が書き込むようになっている。追い抜かれながらそれを見ると30キロ、50キロを歩く人はとにかく早い。そして、3日間とも50キロに挑戦している人もかなりいて、その方達の歩くスピードとパワーは何ともすごい。抜かれるたびに友人と顔を見合わせ、感心しきりであった。
メッセージは、「完歩」の文字が目立ち、「完歩するぞ」「元気に完歩」「楽しく完歩」「完歩、感歩」などと言うのもあった。

さて、来年はどうするか。どうなるか。

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